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キース・リチャーズ

わたしの好きなミュージシャンの一人に、キース・リチャーズという人がいます。
イギリス出身のロックバンド、ビートルズと並ぶ「ローリング・ストーンズ」のギタリストです。

彼は破天荒な人です。麻薬に溺れ、人生を棒に振るかのような生活もしました。

多くのロックミュージシャンが麻薬で命を落とす中で、彼は生き延びました。

それは、彼の音楽にかける情熱だったと思います。

キースは、右手にドクロリングをつけています。

一般的に見たら趣味が悪いといわれるでしょう。

しかしキースは、なぜドクロのリングをつけているかについてこう述べています。

「人間一皮むけば皆同じ、自分への戒めにしている」。

誰もが皆尊い存在。しかし、頭ではわかっていても、現実にはそのことに反したことを考えたり、行っている。

だからこそ、

自分への戒めにしなくてはならない。

そんなキースの思いを感じます。




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by buku1054 | 2015-06-27 15:23 | その他 | Comments(0)

2015年6月28日坂下教会礼拝メッセージ

2015年6/28礼拝説教「なぜイエスは呪いの言葉を」マルコ11:12~14

 前回から、マルコによる福音書の11章に入りました。イエスの生涯の最後の一週間、イエスがユダヤ当局から受けられた苦難と、さらには当局から殺害されたことが記されています。前回は、子ろばに乗ってエルサレムに入城したイエスについて考えるところでした。前回述べたことをごく短く要約すると、子ろばに乗ってエルサレムへと入ることは、ベタニア村のハンセン病患者を虐げていたエルサレム当局への非難を意味していたということでした。で、イエスの一行は、その日の夕方、子ろばを返すためもあってベタニア村へ行きます。そこまでが前回の物語でした。

 今日の箇所は、その翌日からはじまります。イエスの一行がベタニア村を後にするのです。再びエルサレムへと向かうのです。すると、ベタニアを出るとき、いきなりイエスは、空腹を覚えられたとあるのです。で、葉の茂ったいちじくの木を見て、実がなっていないだろうかと近寄るのです。いちじくの実を食べようとするわけです。しかし、葉っぱだけが茂っていて実はなっていなかったのです。それに対してイエスは、いちじくの木に向かって「今からの後いつまでも、お前から実を食べることがないように」と言われたとあるのです。

 何ともわけがわからないというか、奇妙というか、納得できないというか、いったいこの箇所は何を意味しているのか。理解に苦しみます。素直に読むと、ここでのイエスは、まるで駄々っ子という印象受けます。ある牧師は、このイエスを評して、人間くさくて良いと述べていました。確かにそのような見方もできますが、あまりにも大人げないというのが率直な印象ではないでしょうか。

 ただここで、イエスの人間らしさを伝える。そのために、この福音書記者マルコが、この物語を記したとは思えないのです。マルコはこの出来事を通して何かもっと大切なことを伝えたかったはずです。そのことをご一緒に考えたいと思います。

 先ずこの物語を考えるとき、わたしは冒頭の言葉が、とても重要だと思いました。「翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた」。この言葉です。

 前の段落の続きから言えば、イエスとその一行は、夕方になったので、エルサレムから出て、約3キロ離れたベタニアに行かれたのです。ベタニアで借りた子ろばを返す必要があったからです。そこまでは特に問題はありません。しかしその翌日、ベタニアを後にしたら、イエスは空腹だったというのです。イエスの一行は空腹だったと記されていません。イエスは空腹だったというのです。ここまでの記述を見ますと、常に「イエスの一行」となっています。ところがここでは、イエスが空腹を覚えたとあるのです。

 この記述を素直に読むと、弟子たちは空腹ではないということになります。イエスだけが空腹なのです。それと、ここの訳ですが、「空腹」というのは正しい訳ではないようです。「飢えた」というのが原文の意味です。岩波書店の聖書では「飢えをおぼえた」と訳されていました。昔の聖書、文語訳聖書は「イエス飢え給う」と訳してあります。それが正しい訳なのです。空腹と飢えるとは違うのではないでしょうか。空腹なら、単にお腹が空いた、もしくは何度か食事を取れなくてお腹がぺこぺこだという感じです。しかし、飢えたとなると、ほとんど日常的にまともに食事が取れず、果たして今日食べることにありつけられるのだろうか。そんな貧しい切羽詰まった状態にあると思います。ではそれは具体的にどのような状況だったのでしょうか。

 前回のお話しで言いましたが、ベタニアというのは、悩む者の家、貧困の家と名付けられた村でした。しかも、ハンセン病の患者が隔離されたところがある村でした。貧しさと困窮と被差別の村です。人々が敬遠した場所、関わりたくない場所。そんな村だといってよいでしょう。


 イエスと弟子たちは、この村に足繁く通ったことがわかります。それはベタニア村に関する記述が多いからです。おそらくイエスと弟子たちは、この村に行く際、事前に集めた食物を持っていったのではないかと思うのです。貧困の村だからです。

 そこでイエスは、あえて食べなかったのです。我慢したのです。少しでも村の食べられない者たちに食べさせようとしたからです。弟子たちは我慢できず食べたのでしょう。しかしイエスは、自分の使命として、自分が犠牲になることを厭わないという思いがあったのではないでしょうか。それが、イエスが飢えた根拠だと思われるのです。

 ここまでは理解できます。納得できます。しかし問題なのは、そのイエスが、いちじくの木に向かって、まるで呪いの言葉といえるような言葉を掛けたということです。呪いの言葉は、イエスらしくない態度だと思います。イエスの品格が落ちてしまうのではないだろうか。そう思ってしまいます。しかしイエスは叫ぶのです。明らかに呪いの言葉を。

 ここで大切なことは、いちじくが何を意味しているのかということです。あくまでもあることの象徴であることは確かです。そうでなければ、イエスはほんとうに身勝手な、駄々っ子になってしまいます。いちじくは、古来よりイスラエルを指していました。文脈からいうと、ここではエルサレムを指していると思います。さらにいえばエルサレムの神殿体制だと思います。というのは、前の段落で、イエスはベタニアに行かれる前に神殿の境内に入りその様子を見て回ったとあります。そして次の段落では、神殿から商人を追い出すとなっています。

 これらのことから、いちじくはエルサレムの神殿体制を指していることに間違いはないと思います。イエスはそれを呪ったというのです、言葉を換えれば、激しく非難したと言えるのではないでしょうか。なぜでしょうか。


 では、問題の神殿体制とはどういうことなのでしょうか。神殿体制を支えていたのは、まずは祭司です。神殿の宗教儀式を行えるのは彼らのみです。それとサドカイ派がこの体制の支持者です。といいますか、サドカイ派と祭司集団は重なっていました。彼らは「モーセ五書」しか信じません。ユダヤ教の伝統派集団です。ユダヤ人が厳守しなくてはならない「律法」を違反した者、すなわち「罪人」は、神殿において清めなくてはならないと理解していました。

 そうでなくては人間は救われないという理解です。救われるためには、動物の犠牲を献げることが必須でした。また、祭司もサドカイ派もローマ帝国の支配を肯定してました。そこがファリサイ派との決定的な違いです。ファリサイ派は民族主義の傾向が強いのです。異民族の支配を嫌悪していました。ですから後に彼らが中心となってローマに反旗を翻すユダヤ戦争に発展するわけです。しかし、祭司やサドカイ派たちは、ローマの戦略によって、立場や特権が守られていました。ローマ支配にあっても以前と変わらない特権や利益を得ていたのです。

 ですから。民衆の苦悩に思いがゆかなかったのです。彼らはユダヤ教の中心的存在です。ユダヤ人の最も重要なことである罪の赦しを司っていました。しかし実際には、民衆から神殿税を強制的に徴収し、そのくせ、神殿祭儀に犠牲の動物を献げられない貧しい者たちや病人や障害者たちへの宗教的差別を公然と行っていたのです。イエスが支援したハンセン病患者はどうにもならない状態でした。彼らの救済は不可能だったのです。

 イエスはエルサレムへやって来ました。そして問題の神殿を視察しました。おそらくイエスは、噂では聞いていたが、こんなにも酷いとは思いもよらなかったのではないでしょうか。これが今のユダヤ教の実態なのか。イエスは嘆き悲しみ怒りに震えたと思うのです。「神は愛なり」というイエスの神観からしたら、そこで展開されていた様子は、宗教的欺瞞のなにものでもない。そう映ったと思うのです。

 「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」。イエスはそういわれたとあります。ほとんど呪いと言えるような言葉です。救い主イエスらしからぬ言葉です。皆さんはこんな言葉を告げるイエスをどう思いますか。これは呪いの言葉ではない。もっと別の意味があると思いますか。私もかつてはそう思いました。というか、そう思うようにしていました。救い主に相応しくない言葉だからです。しかし、どう読んでもこれは呪いの言葉です。恨み辛みの言葉です。


 前回もいいましたように、イエスは、人々の悲み、苦しみ、悩みを共有される方です。解決には至らなくても、一緒に苦しみ一緒に悲しみ一緒に悩む方です。まさにパウロが言うように、泣く者と共に泣く。それがイエスです。そんなイエスが、そうした弱くされ、小さくされた者たちの悲しみや苦しみを抱えながら、ユダヤの権力、神殿体制に対して何ができるでしょうか。イエスには悲しいかな、ローマの支配も、ユダヤの権力も、それを支える神殿体制も、改革する力はないのです。改革できないから殺されたのです。

 そんなイエスが何をできたでしょうか。呪いの言葉しかないのではないでしょうか。「呪い」というと、わたしたちは否定的な印象を抱きます。マイナスイメージです。でもどうでしょうか、自分たちを虐げる大きな力に対して、為す術もない弱い者たちは、自分たちを虐げる者に対して、恨み辛みの言葉を吐くしかない。それが呪いの内容というか実態ではないでしょうか。

 このところ、、週報の「今週の糧」の欄で、星野正興牧師の言葉を掲載してきました。星野先生は、わたしが神学生時代、教会の青年会の修養会で、こんな問いかけをしました。「木下さん、イエスってどんな人だったと思いますか」。わたしはそのとき、「平和を求める方」だとか「人間の本来の生き方を導く方」だとか、そんなふうに答えたと記憶しています。教科書的な正論です。でも、そのときの星野先生の言葉はハッキリと覚えています。先生は言われました。「イエスという方は、たとえ負けるとわかっていても、それでも権力に向かって石を投げる方だ」。

 私は思います。イエスは呪いの言葉を吐くしかないハンセン病の人たち、あるいは貧しい人たち、差別された人たち、そうした虐げられた人たちの思いを、ここで代弁したと思うのです。そこでは、救い主としての品格が落ちようが、愚かな奴だといわれようが、そんなことはどうでもよい。そう思ったのではないでしょうか。そしてそのイエスの思いを、マルコがここで残したのではないでしょうか。

 キリスト教信者の多くの人は、いつも柔和で、優しい、聖人君子のイエスをイメージしていると思います。完璧な存在です。神と同一視されるわけですから、そう思われることもわかります。もちろんそうした面もイエスにはあったことは間違いないでしょう。しかし、果たしてそれだけが、ほんとうのイエスなのでしょうか。今日の箇所からすると、どうも違うように思うのです。そう思うのはわたしだけでしょうか。


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by buku1054 | 2015-06-27 15:05 | 礼拝メッセージ | Comments(0)

2015年6月14日坂下教会礼拝メッセージ

2015年6/14礼拝説教「ベタニアの子ろば」マルコ11:1~11

 今日からマルコによる福音書の11章に入ります。イエスの生涯の最後の一週間がはじまります。マルコによる福音書は全部で16章からなりますが、その三分の一を最後の一週間、イエスの受難と死に充てています。おそらくこマルコにとって、イエスの存在の意味は、受難と死にある。そのことを伝えたかったのではないでしょうか。

 それでは今日の箇所をご一緒にたどってみたいと思います。イエスの一行がエルサレムに近づいて、ベトファゲとベタニアというところにさしかかったときのことです。イエスは弟子の二人を使わします。向こうの村とあります。ベトファゲなのでしょうか。ベタニアなのでしょうか。

 この物語の最後の所で、夕方になったのでベタニアに行かれたとあります。それは、借りた子ろばを返さなくてはならないわけです。ですから「向こうの村」とはベタニアのはずです。で、弟子たちを使わした目的は、まだ誰も乗ったことのがない子ろばをほどいて連れてきなさいということでした。

 いったい何をしようというのでしょうか。最初は見当もつかないわけですが、やがて、イエスがこの子ろばに乗ってエルサレムへ入ることがわかります。子ろばに乗ってエルサレム入る。そこにはいったいどんな意味があるのか。それがこの物語の主題です。

 この物語は、四つの福音書すべてに記されています。それだけイエスを語る上で重要な箇所だと考えられていたのでしょう。因みに四つの福音書すべてに記されている記事を参考までに紹介します。バプテスマのヨハネがイエスの到来を預言したこと。弟子の選び。5000人の供食。神殿で商人を追い出す。ペテロの裏切り。逮捕される。ピラトの尋問。十字架につけられる。死。墓に葬られる。復活。そして今日のエルサレム入城です。


 さて、今日の箇所、四つを比較しますと様々な違いがあります。わたしは、その違いの中でも重要な違いが二つあると思いました。一つは、イエスのこの行動が、旧約のゼカリヤの預言の成就だったのか否か。二つ目は、ベタニア村の記述が記されているかどうかということです。

 マルコ福音書では、ゼカリヤの預言は記されていません。一方マタイとヨハネは、ゼカリヤの預言の成就と記しています。また、ベタニアについてはマルコとルカにしかありません。ヨハネは地名を一切削っています。マタイではベトファゲはありますがベタニアはないのです。マタイは、ベタニアを意図的に削除していることがわかります。細かいことのようですが、この細かいことがこの箇所を解釈する上で重要なことだと思います。

 何度も述べていますが、福音書の中で、一番最初に書かれたのはマルコによる福音書です。そこでは、ゼカリヤの預言はないわけです。つまりマルコにとって、ゼカリヤの預言は必要ないのです。しかし、マルコ福音書を参考にしたマタイは、ゼカリヤの預言を挿入したのです。マタイはマタイなりに、イエスの行動の意味を明らかにしたかったわけです。で、ヨハネ福音書の記者がこれを受け継ぎます。

 これまで教会は、マタイの理解を受け継いできました。マルコを読むときにも、ゼカリヤの預言を前提として読んできました。しかしわたしは、あくまでもゼカリヤの預言でもなく、マタイやヨハネが削ったベタニア村を記すマルコの意図を探りたいと思うのです。なぜならそこにこの福音書記者のイエス観、メシア観が示されていると思うからです。

 その前に、問題のゼカリヤの預言について触れておきます。ゼカリヤ書9章に次のような言葉があります。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」シオンの娘とは、エルサレムを指しています。エルサレムにやがて子ろばに乗って王様が来る。その王様は柔和な方だというのです。荷を負うというのは、人々の重荷を負うということです。

 マタイはイエスのエルサレム入城に際して、この預言を思い浮かべたわけです。なぜか。それは、イエスを思えば、まさにその姿にピッタリだったからです。柔和であり、他者の重荷を負うということです。ここはエルサレムです。ユダヤの権力の中心地です。暴力で人々を支配していたエルサレムです。そこへイエスが子ろばに乗って乗り込んだ。ユダヤ教が待ち望んだメシアとは違う。キリスト教のメシアとしての意味がここにあるということです。

 でもわたしは、ゼカリヤの預言を使わないマルコが気になるのです。ゼカリヤの預言を用いないということは、イエスのエルサレム入りは、そんな意味ではないというマルコの主張だと思うのです。で、そのことは、ベタニア村の存在と関連があると思ったのです。

 ベタニア村は、エルサレムから約3キロ離れた村だったそうです。ここは、イエスと親しかったマルタ、マリア、ラザロの兄弟がいたところです。死んだラザロを蘇生したところです。また、香油をイエスに注ぐ女性がこの後出てきますが、その出来事もこのベタニアです。またハンセン病患者のシモンもこの後登場しますが、それもベタニアです。

 ベタニアはイエスとの関わりが深いところです。イエスはここに足繁く通ったといわれています。因みに調べると面白いことがわかりました。ベタニアという地名の意味です。それは「悩む者の家」「貧困の家」ということです。こんな否定的というか屈辱的な意味の名前を、自分たちの村の名前とするでしょうか?

 例えば、ベツレヘムは「パンの家」、ベトファゲは「いちじくの家」、ベトサイダは「漁師の家」という意味です。それぞれの良い特徴を町や村の名前とする。それが自然です。そう思うと、たぶんベタニアは外部から、蔑みの意味で付けられた町の名前だったのではないでしょうか。一説では、ハンセン病の隔離所があったということです。

 そう思うと、ベタニアにいた子ろばということ自体に何か意味があるように思いました。それと、そもそもなぜ「子ろば」なのかということも不可解です。しかも、まだ誰も乗ったことがない子ろばとあるのです。さらにいえば、その子ろばを、ほどいて連れてきなさいとあるのです。細かい描写です。「誰も乗ったことのない」とか「ほどく」などは特になくてもいい記述です。

 これはあくまでもわたしの解釈ですから、実際はそうではないかも知れませんが、子ろばに乗るのはあり得ないと思うのです。大人のろばなら問題ないと思います。しかし、子ろばなのです。4~5歳の子どもなら乗れたでしょうが、少なくとも大人は乗れないと思うのです。大人が乗れば子ろばが潰れると思うのです。ですからここは、イエスがエルサレムへやって来た。そこにはこんな意味があったのだという、マルコの示しがあったのではないでしょうか。

 わたしはここまで読んできて、この箇所について、二つの伝承があったのではないかと思いました。一つは、マタイやヨハネが採用した伝承です。それは、イエスこそ、ユダヤ教とは違う真のメシアということです。それは、わたしたちの重荷を負ってくださるメシアです。まさにキリスト教の本流を行くメシア観です。これもとても意義ある解釈です。

 でも、この福音書記者マルコは、ゼカリヤの預言も記しません。マタイやヨハネが削ったベタニア村を記します。重要なのはそこなのです。ゼカリヤ書の預言である「子ろばに乗っての」メシア。これはあり得ない事です。子ろばが潰れるからです。ならば、子ろばは何を意味しているのか。それは、ベタニア村にいたハンセン病の人たちではないでしょうか。当時では絶対に救われない人たちです。自分の人生を呪うしかない人たちです。そんな彼らに、イエスは乗るのです。さらに苦しめるわけです。潰れるのです。でも、そのことを、マルコは示そうとしたのではないでしょうか。


 つまり、理不尽に小さくされ、弱くされ、差別された者たちに乗っかって潰している。あなたがたはこんなことをしているのだ。そのことをイエスは痛みとしていた。そのイエスの思いを、マルコは「子ろばに乗って入城する」という物語を用いて示したのではないでしょうか。

 そもそもこの箇所の基となった出来事は、イエスの一行が、ベタニアに足繁く通ったことにあると思います。そこには、ハンセン病として隔離され、救いが閉ざされた人々に対するイエスの愛情の出来事があったと思うのです。まさにそれは、苦しみや悲しみの共有です。そしてそんな苦しみや悲しみを「ほどく」、つまり解放する。それがイエスの思いだったのではないでしょうか。しかし、教会が成立する過程で、イエスの救い主という側面がどんどん大きくなっていったのです。イエスは苦しみや悲しみの共有者というよりも、人類すべてを救うという信仰が確立されたのです。それはそれで意義があります。

 しかし、そんな中で、マルコは、イエスは苦しみを共有することで、悲しみを共有することで、わたしたちを励まし、慰める方なんだ。その結果として、無残に殺されたのだ。でも、このイエスこそ、ほんとうの救い主の姿なのだ。それを伝えたかったのではないでしょうか。わたしはこの度、そう読んだのです。



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by buku1054 | 2015-06-14 18:07 | 礼拝メッセージ | Comments(0)

岡林信康

岡林信康

彼は1946 年生まれですから団塊の世代なでしょうか。山谷ブルースで世に出て「フォークの神様」と崇められた歌手です。彼は牧師の息子で、自身も同志社大学神学部に席を置きますが、キリスト教の限界を覚え退学します。その後は歌手として生きて行きます。しかし、その過程は挫折と試行錯誤の年月です。フォーク、ロック、演歌と進み、その果てに日本独自のジャンルとして「エンヤットット・ミュージック」にたどり着くのです。西洋と東洋の融合。民族音楽の肯定。これがエンヤットットの意義でしょうか。

こんな岡林、わたしが主任を務める坂下教会がある「坂下町」に約一年住んだこともあり、何かしらの縁を感じています。数年前、彼が名古屋のライブハウスで2年続けてコンサートをしました。それに行きました。最初の年は満員でしたが、次の年は閑散としていました。宣伝がうまくいかなかったのでしょうか。ライブの質は優れていると思います。感動します。

岡林さんはライブの中で次のような言葉を述べました。

「諸君、沈むことを恐れてはならない。なぜ、沈むのか。それは浮かび上がるためなのです。これは宇宙の法則なのです」。励まされました。聖書の復活思想がここにあるのです。

また岡林さんは、人間の幸福についてこう述べていました。

「人間の幸せとは、どれだけ良い人間関係を持っているかどうかである」。

腑に落ちました。人間に限らず、存在するものはすべて「関係的存在」。

幸せかどうかは、ここにある。


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by buku1054 | 2015-06-11 18:17 | その他 | Comments(0)

中部学院大学・名古屋学院大学礼拝でのお話し

さて、皆さんはこの大学を選ぶ際、ここがキリスト教主義の大学であることを知ったと思います。そのとき、どんな思いを抱きましたか。キリスト教の信者である方は、これ幸いと思ったはずです。でも、信仰を持っていない方、ほとんどの方がそうだと思いますが、もしかしたらキリスト教を押しつけられるのかな?洗脳されるのかな?そんな心配を抱いた方もいるはずです。ですから、こうしてわたしの話を聞くことも、なんだか抵抗があるな。嫌だな、面倒だなと思う人もいるはずです。

ですから、ほんとうは聴きたくないけど、授業の一環だから一応聴きますでもいいです。でも、もしも、今日の話の中で、ほんの少しでも感じることがあったら、ありがたいです。

さて、キリスト教だけでなく、仏教、イスラム教、ヒンズー教といったように、この世にはあまた宗教があります。わたしは、それらの宗教の中で、何と言いますか、とても常識では敬遠したくなる、怪しい宗教といったものを除いた、いわゆる伝統宗教が目指していること、その教えは、本質において、そんなに違わないのではないか。そう思っています。もっともこんなことを言いますと、他の牧師先生からお叱りを受けるかも知れません。私が尊敬するある牧師は、次のようなことを述べていました。

「信仰を<まごころ>と言い換えたい。それは、ほんとうのことをほんとうと認める心である。まごころの第一の意味は、人間は自分の力で自分を生んだのでなければ、生きているのでもない。〃生まれた〃ということ自体、受動態である。生かされて生きているということがすべての人間の基本姿勢である。

そして、第二の意味は、他者もそうであることに気がつくことである。私も神の子、他者も神の子。そのことが心の底からわかること、それが信仰の根底的意味ではないだろうか」。この牧師の言葉は腑に落ちます。要するに、自分が存在する、その根拠は自分にはないということです。

皆さんどうでしょうか。皆さんが今ここにいる。それは皆さんの努力があったからでしょうか。もちろんそうです。努力無くして大学まで進むことはできません。でも、皆さんが努力する以前に、この世に生まれ、ここまで生きてこなくては、今はありません。ここまで生きてきたことは、すべて皆さんの力でしょうか。

そうではないですよね。そもそもお父さんとお母さんがいなければ、あなたがたはいないわけです。それと、あなたがたが生きるためには、食物となる動植物の命がなければなりません。また、私たちの生きる大前提である、この地球がなくてはなりません。太陽や空気がなければ私たちは生きられません。他にもあなたがたをこれまで支えた学校の先生や親戚の人や地域の人や兄弟姉妹や、友人、他にも気がつかない多くの人たちによって今のあなたがたがあるのです。

これはほんとうのことです。特定の思想、信条、信仰であっても、このことは否定できません。キリスト教でも仏教でも同じです。したがって、今ここで,自分がいるということは、奇跡と言えるのではないでしょうか。何か一つでも欠けたら、今自分はいないのです。

ですからここにいること、今生きていること、それは、とてつもなくありがたいことなのです。感謝しかありません。これを伝えることが、宗教の役割なのかも知れません。私は皆さんがクリスチャンになったら嬉しいです。でも、それよりも大切なことは、今ここに生きている。それは奇跡であり、感謝なんだと思えることではないでしょうか。

先ほど読んでいただいた聖書の言葉に「神を畏れ、その戒めを守れ」これこそ人間のすべてとありました。これは言い換えると、こうなると思います。「神を畏れ」とは、ほんとうのことを認めなさいということです。それは、私たちは誰もが生かされているのだ。このことにおいて違いはない。ゆえにすべての者は尊い存在だということです。「その戒めを守れ」とは、だからお互いに大切にし合ってゆくということです。これが人間にとってもっとも大切なことだということではないでしょうか。


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by buku1054 | 2015-06-10 18:58 | その他 | Comments(0)

2015年5月31日坂下教会礼拝メッセージ

2015年5/311礼拝説教「あの男を呼んできなさい」マルコ10;46~52

 今日は、継続して読んでいるマルコによる福音書を読み進みます。前回、前々回の箇所で イエスの一行が、ユダヤ教の総本山、またユダヤの政治の中心であるエルサレムに向けて旅立ったところを学びました。

 イエスの活動の根拠とはいったい何だったでしょうか。それは、どんな人も神から愛されている貴い存在だということです。「神は愛なり」を実践したわけです。このことを主張するのであれば、エルサレムに行くこと、つまりユダヤの政治、経済、文化、宗教の中心に乗り込むことは、殺されに行くようなものです。なぜならユダヤ社会は、ユダヤ教を根拠とした差別社会だからです。ユダヤ教ではユダヤ人以外は救いの対象ではありません。誰もが尊い存在など、絶対に受け入れられない社会なのです。

 イエスの一行は、エルサレムを向かう途上。エリコという町に着きました。旧約聖書の物語で、出エジプトの民がパレスチナで最初に陥落した町で有名なところです。陥落というと聞こえはいいですが、要するに侵略したのです。ここは、世界でもっとも古い町といわれています。

 そこに、ティマイの子、盲人のバルティマイという物乞いがいました。。歴史あるこの町のことです。無数の人々が生きた町です。にもかかわらず、父親とその息子の名前まで記されているのです。しかも、息子バルティマイは盲人の物乞いです。普通なら誰も相手にしない存在です。しかし、こうして本人はもとより、父親の名前まで記されているのです。これはこの親子の存在が、このエリコでとても有名だったということです。では、有名になった根拠は何でしょうか。それが今日の箇所によるのではないでしょうか。イエスとの出会いのこの出来事が、彼をこの歴史の町、エリコで有名にしたのだと思います。


 イエスがエリコを去ろうとすると、バルティマイが、「ナザレのイエス」と気がつきます。彼は「ダビデの子イエスよ、憐れんでください」と叫ぶのです。それも二回もなのです。彼にとって千載一遇のチャンスだったのです。今ここで叫ばなければ、自分はこの先もずっと物乞いで盲人だ。自分の人生がそれで終わってしまうのだ。そんな悲壮感を感じます。

 そもそもこの人「道端」にいるのです。道ではないのです。これは重要なポイントです。道は人や馬車や家畜が往来するところでした。今なら自動車が行き来するところです。障がいが無く普通に往来できる者が行き交うところ。それが「道」です。しかし彼はそこにはいないのです。否、いてはならないと言った方がいいかも知れません。いたら蹴飛ばされ、弾かれるでしょう。だから彼は道端にいるのです。道端というのはそれを物語っているのではないでしょうか。

 だから彼の懇願に対して、人々は叱りつけるのです。黙らせようとしたのです。盲人でしかも物乞いなどまともな人間とは見なされませんでした。神の罰が当たった穀潰し、いてもいなくてもいい存在です。黙れ!このバカ!貴様!何者だと思っているのだ。失せろ!それが彼の周囲にいた人の思いなのです。

 しかしイエスは、その彼を呼ぶのです。「あの男を呼んできなさい」。今日の説教題はここから取りました。サッと通り過ぎてしまいそうなただの呼びかけの言葉です。でも、この呼びかけがとても重要ではないか、そう思ったのです。イエスは、「あの盲人を呼んできなさい」とは言いません。「あの物乞いを呼んできなさい」とも言わないのです。「あの男」なのです。バルティマイの存在を特徴づける「盲人」でも「物乞い」でもないのです。一人の当たり前の人間としての彼、イエスはそこを見ているのです。これはとても大切ではないでしょうか。その人の傷である障がいをもって呼ぶのではない。その人の痛みである生業で呼ぶのでもない。その人そのものをイエスは観ているのです。


 わたしたちは、ある人に対して、そのままのその人として観ているでしょうか。ハンサムな彼、お金持ちのあの人、頭のいいこの人、性格の悪いあの人、足の不自由なこの人、そんなふうに、その人の存在そのものよりも、その人が持っている何かで、その人が抱える何かで、ああだこうだと見定め、レッテルを貼っている。そして納得していると思います。

 しかしイエスは、そういうもので人を見ないのです。あの男なのです。ありのままのその人を見るのです。その人の傷ではみない。傷があろうと無かろうとその人はその人、ありのままのその人を肯定するのです。

 バルティマイは、イエスに対して、ダビデの子から先生にと呼び方が変わります。彼はイエスにどんどん心を開いていくのです。そりゃあそうです。盲人で物乞い。道端でしか過ごせない邪魔者。人はそんな目でしか彼を見ません。しかしイエスだけは、彼に正面から、何の偏見も差別もなく向き合うからです。懇願の中身も、憐れんでくださいから目が見えるようになりたいと具体的な願いとなります。彼はイエスを信頼しているのです。

 イエスは、そんなバルティマイに向かって一つの言葉を放ちます。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」。福音書には同様の言葉がいくつか記されています。「あなたの信仰があなたを救った」。この言葉、よく考えると不可解です。バルティマイが目の見えないこと、物乞いであること、それが解決されたのは、バルティマイ自身の「信仰」だというのです。ここが不可解なのです。救いとは神の領域ではないでしょうか。自分で自分を救えるのでしょうか。ユダヤ教の伝統ではあり得ない事です。それもあって、イエスはユダヤ当局から憎まれたのです。


 教会は、この部分を次のように解釈してきました。これは。イエスを救い主とした信仰である。それが問題の解決となったのだ。ゆえに教会は語ってきました。イエスを救い主と信じて、信仰告白をしなさい。洗礼を受け、真面目に教会生活を送りなさい。それが救いとなるのである。つまり、信仰を持てば、病気が治り、問題は解決するのである。もしも治らず、問題が解決しないのであれば、それは信仰が足りないからだ。もっと精進しなさい。真剣に信じなさいということです。

 もっともこの理解は、キリスト教が確立された後の理解を反映しているわけです。マルコ福音書が書かれたのは紀元70年頃です。教会はまだキリスト教ではありません。ユダヤ教の一派です。したがってこの理解では無理があります。イエスがリアルに生きていた頃は、まだこのような信仰理解はありません。では、どいうことなのでしょうか。

 元バプテスト連盟の岡野守也牧師は、信仰について次のようなことを述べていました。それがヒントになりました。「信仰をむしろ<まごころ>と言い換えたい。ほんとうのことをほんとうと認める心である。

 まごころの第一の意味は、人間は自分の力で自分を生んだのでなければ、生きているのでもない。生まれ、生かされていることに目覚めることである。〃生まれた〃ということ自体、受動態であり、生かされて生きているということがすべての人間の基本姿勢である。そして、第二の意味は、他者もそうであることに気がつくことである。だから、私も神の子、他者も神の子ということがわかる。それが〃まごころ〃であり、そのことが心の底からわかることが信仰の根底的意味ではないだろうか」。


 バルティマイ、彼は盲人であることで呪われた存在と定められ、物乞いであることから白い目で見られ、普通の者が行き来できる「道」を歩くことはできませんでした。邪魔な存在として道端に追いやられていました。彼はそんな自分の境遇を呪い、自分を卑下し、生きる気力さえ失っていた人でした。

 しかし彼は気がついたのです。人が定めた規準や規定、様々な偏見、そういものを取り払ったとき浮かび上がってくる真実とは何か。それは、自分は生かされて生きている。自分自身には存在の根拠はない。他の誰もが皆そうである。わたしも神の子であり、他者も神の子なのだ。目が見えるとか見えないとか、議員だろうが物乞いだろうが、人は皆、例外なく貴い存在なのだ。神が与えてくれているまさにその<まごころ>に彼は目覚めたのです。

 だから彼は、もう自分を呪う必要はない。自分を卑下する必要もない。道端にいる必要もない。自分も間違いなく神から愛されている「神の子」だ。「あなたの信仰があなたを救った」とはこのような目覚めではないでしょうか。そしてバルティマイをそこへと導いたのは、「あの男を呼んできなさい」といわれた偏見なきイエスの言葉だったのです。


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by buku1054 | 2015-06-02 18:32 | 礼拝メッセージ | Comments(0)