2015年6月28日坂下教会礼拝メッセージ

2015年6/28礼拝説教「なぜイエスは呪いの言葉を」マルコ11:12~14

 前回から、マルコによる福音書の11章に入りました。イエスの生涯の最後の一週間、イエスがユダヤ当局から受けられた苦難と、さらには当局から殺害されたことが記されています。前回は、子ろばに乗ってエルサレムに入城したイエスについて考えるところでした。前回述べたことをごく短く要約すると、子ろばに乗ってエルサレムへと入ることは、ベタニア村のハンセン病患者を虐げていたエルサレム当局への非難を意味していたということでした。で、イエスの一行は、その日の夕方、子ろばを返すためもあってベタニア村へ行きます。そこまでが前回の物語でした。

 今日の箇所は、その翌日からはじまります。イエスの一行がベタニア村を後にするのです。再びエルサレムへと向かうのです。すると、ベタニアを出るとき、いきなりイエスは、空腹を覚えられたとあるのです。で、葉の茂ったいちじくの木を見て、実がなっていないだろうかと近寄るのです。いちじくの実を食べようとするわけです。しかし、葉っぱだけが茂っていて実はなっていなかったのです。それに対してイエスは、いちじくの木に向かって「今からの後いつまでも、お前から実を食べることがないように」と言われたとあるのです。

 何ともわけがわからないというか、奇妙というか、納得できないというか、いったいこの箇所は何を意味しているのか。理解に苦しみます。素直に読むと、ここでのイエスは、まるで駄々っ子という印象受けます。ある牧師は、このイエスを評して、人間くさくて良いと述べていました。確かにそのような見方もできますが、あまりにも大人げないというのが率直な印象ではないでしょうか。

 ただここで、イエスの人間らしさを伝える。そのために、この福音書記者マルコが、この物語を記したとは思えないのです。マルコはこの出来事を通して何かもっと大切なことを伝えたかったはずです。そのことをご一緒に考えたいと思います。

 先ずこの物語を考えるとき、わたしは冒頭の言葉が、とても重要だと思いました。「翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた」。この言葉です。

 前の段落の続きから言えば、イエスとその一行は、夕方になったので、エルサレムから出て、約3キロ離れたベタニアに行かれたのです。ベタニアで借りた子ろばを返す必要があったからです。そこまでは特に問題はありません。しかしその翌日、ベタニアを後にしたら、イエスは空腹だったというのです。イエスの一行は空腹だったと記されていません。イエスは空腹だったというのです。ここまでの記述を見ますと、常に「イエスの一行」となっています。ところがここでは、イエスが空腹を覚えたとあるのです。

 この記述を素直に読むと、弟子たちは空腹ではないということになります。イエスだけが空腹なのです。それと、ここの訳ですが、「空腹」というのは正しい訳ではないようです。「飢えた」というのが原文の意味です。岩波書店の聖書では「飢えをおぼえた」と訳されていました。昔の聖書、文語訳聖書は「イエス飢え給う」と訳してあります。それが正しい訳なのです。空腹と飢えるとは違うのではないでしょうか。空腹なら、単にお腹が空いた、もしくは何度か食事を取れなくてお腹がぺこぺこだという感じです。しかし、飢えたとなると、ほとんど日常的にまともに食事が取れず、果たして今日食べることにありつけられるのだろうか。そんな貧しい切羽詰まった状態にあると思います。ではそれは具体的にどのような状況だったのでしょうか。

 前回のお話しで言いましたが、ベタニアというのは、悩む者の家、貧困の家と名付けられた村でした。しかも、ハンセン病の患者が隔離されたところがある村でした。貧しさと困窮と被差別の村です。人々が敬遠した場所、関わりたくない場所。そんな村だといってよいでしょう。


 イエスと弟子たちは、この村に足繁く通ったことがわかります。それはベタニア村に関する記述が多いからです。おそらくイエスと弟子たちは、この村に行く際、事前に集めた食物を持っていったのではないかと思うのです。貧困の村だからです。

 そこでイエスは、あえて食べなかったのです。我慢したのです。少しでも村の食べられない者たちに食べさせようとしたからです。弟子たちは我慢できず食べたのでしょう。しかしイエスは、自分の使命として、自分が犠牲になることを厭わないという思いがあったのではないでしょうか。それが、イエスが飢えた根拠だと思われるのです。

 ここまでは理解できます。納得できます。しかし問題なのは、そのイエスが、いちじくの木に向かって、まるで呪いの言葉といえるような言葉を掛けたということです。呪いの言葉は、イエスらしくない態度だと思います。イエスの品格が落ちてしまうのではないだろうか。そう思ってしまいます。しかしイエスは叫ぶのです。明らかに呪いの言葉を。

 ここで大切なことは、いちじくが何を意味しているのかということです。あくまでもあることの象徴であることは確かです。そうでなければ、イエスはほんとうに身勝手な、駄々っ子になってしまいます。いちじくは、古来よりイスラエルを指していました。文脈からいうと、ここではエルサレムを指していると思います。さらにいえばエルサレムの神殿体制だと思います。というのは、前の段落で、イエスはベタニアに行かれる前に神殿の境内に入りその様子を見て回ったとあります。そして次の段落では、神殿から商人を追い出すとなっています。

 これらのことから、いちじくはエルサレムの神殿体制を指していることに間違いはないと思います。イエスはそれを呪ったというのです、言葉を換えれば、激しく非難したと言えるのではないでしょうか。なぜでしょうか。


 では、問題の神殿体制とはどういうことなのでしょうか。神殿体制を支えていたのは、まずは祭司です。神殿の宗教儀式を行えるのは彼らのみです。それとサドカイ派がこの体制の支持者です。といいますか、サドカイ派と祭司集団は重なっていました。彼らは「モーセ五書」しか信じません。ユダヤ教の伝統派集団です。ユダヤ人が厳守しなくてはならない「律法」を違反した者、すなわち「罪人」は、神殿において清めなくてはならないと理解していました。

 そうでなくては人間は救われないという理解です。救われるためには、動物の犠牲を献げることが必須でした。また、祭司もサドカイ派もローマ帝国の支配を肯定してました。そこがファリサイ派との決定的な違いです。ファリサイ派は民族主義の傾向が強いのです。異民族の支配を嫌悪していました。ですから後に彼らが中心となってローマに反旗を翻すユダヤ戦争に発展するわけです。しかし、祭司やサドカイ派たちは、ローマの戦略によって、立場や特権が守られていました。ローマ支配にあっても以前と変わらない特権や利益を得ていたのです。

 ですから。民衆の苦悩に思いがゆかなかったのです。彼らはユダヤ教の中心的存在です。ユダヤ人の最も重要なことである罪の赦しを司っていました。しかし実際には、民衆から神殿税を強制的に徴収し、そのくせ、神殿祭儀に犠牲の動物を献げられない貧しい者たちや病人や障害者たちへの宗教的差別を公然と行っていたのです。イエスが支援したハンセン病患者はどうにもならない状態でした。彼らの救済は不可能だったのです。

 イエスはエルサレムへやって来ました。そして問題の神殿を視察しました。おそらくイエスは、噂では聞いていたが、こんなにも酷いとは思いもよらなかったのではないでしょうか。これが今のユダヤ教の実態なのか。イエスは嘆き悲しみ怒りに震えたと思うのです。「神は愛なり」というイエスの神観からしたら、そこで展開されていた様子は、宗教的欺瞞のなにものでもない。そう映ったと思うのです。

 「今から後いつまでも、お前から実を食べる者がないように」。イエスはそういわれたとあります。ほとんど呪いと言えるような言葉です。救い主イエスらしからぬ言葉です。皆さんはこんな言葉を告げるイエスをどう思いますか。これは呪いの言葉ではない。もっと別の意味があると思いますか。私もかつてはそう思いました。というか、そう思うようにしていました。救い主に相応しくない言葉だからです。しかし、どう読んでもこれは呪いの言葉です。恨み辛みの言葉です。


 前回もいいましたように、イエスは、人々の悲み、苦しみ、悩みを共有される方です。解決には至らなくても、一緒に苦しみ一緒に悲しみ一緒に悩む方です。まさにパウロが言うように、泣く者と共に泣く。それがイエスです。そんなイエスが、そうした弱くされ、小さくされた者たちの悲しみや苦しみを抱えながら、ユダヤの権力、神殿体制に対して何ができるでしょうか。イエスには悲しいかな、ローマの支配も、ユダヤの権力も、それを支える神殿体制も、改革する力はないのです。改革できないから殺されたのです。

 そんなイエスが何をできたでしょうか。呪いの言葉しかないのではないでしょうか。「呪い」というと、わたしたちは否定的な印象を抱きます。マイナスイメージです。でもどうでしょうか、自分たちを虐げる大きな力に対して、為す術もない弱い者たちは、自分たちを虐げる者に対して、恨み辛みの言葉を吐くしかない。それが呪いの内容というか実態ではないでしょうか。

 このところ、、週報の「今週の糧」の欄で、星野正興牧師の言葉を掲載してきました。星野先生は、わたしが神学生時代、教会の青年会の修養会で、こんな問いかけをしました。「木下さん、イエスってどんな人だったと思いますか」。わたしはそのとき、「平和を求める方」だとか「人間の本来の生き方を導く方」だとか、そんなふうに答えたと記憶しています。教科書的な正論です。でも、そのときの星野先生の言葉はハッキリと覚えています。先生は言われました。「イエスという方は、たとえ負けるとわかっていても、それでも権力に向かって石を投げる方だ」。

 私は思います。イエスは呪いの言葉を吐くしかないハンセン病の人たち、あるいは貧しい人たち、差別された人たち、そうした虐げられた人たちの思いを、ここで代弁したと思うのです。そこでは、救い主としての品格が落ちようが、愚かな奴だといわれようが、そんなことはどうでもよい。そう思ったのではないでしょうか。そしてそのイエスの思いを、マルコがここで残したのではないでしょうか。

 キリスト教信者の多くの人は、いつも柔和で、優しい、聖人君子のイエスをイメージしていると思います。完璧な存在です。神と同一視されるわけですから、そう思われることもわかります。もちろんそうした面もイエスにはあったことは間違いないでしょう。しかし、果たしてそれだけが、ほんとうのイエスなのでしょうか。今日の箇所からすると、どうも違うように思うのです。そう思うのはわたしだけでしょうか。


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by buku1054 | 2015-06-27 15:05 | 礼拝メッセージ | Comments(0)
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