2015年6月14日坂下教会礼拝メッセージ

2015年6/14礼拝説教「ベタニアの子ろば」マルコ11:1~11

 今日からマルコによる福音書の11章に入ります。イエスの生涯の最後の一週間がはじまります。マルコによる福音書は全部で16章からなりますが、その三分の一を最後の一週間、イエスの受難と死に充てています。おそらくこマルコにとって、イエスの存在の意味は、受難と死にある。そのことを伝えたかったのではないでしょうか。

 それでは今日の箇所をご一緒にたどってみたいと思います。イエスの一行がエルサレムに近づいて、ベトファゲとベタニアというところにさしかかったときのことです。イエスは弟子の二人を使わします。向こうの村とあります。ベトファゲなのでしょうか。ベタニアなのでしょうか。

 この物語の最後の所で、夕方になったのでベタニアに行かれたとあります。それは、借りた子ろばを返さなくてはならないわけです。ですから「向こうの村」とはベタニアのはずです。で、弟子たちを使わした目的は、まだ誰も乗ったことのがない子ろばをほどいて連れてきなさいということでした。

 いったい何をしようというのでしょうか。最初は見当もつかないわけですが、やがて、イエスがこの子ろばに乗ってエルサレムへ入ることがわかります。子ろばに乗ってエルサレム入る。そこにはいったいどんな意味があるのか。それがこの物語の主題です。

 この物語は、四つの福音書すべてに記されています。それだけイエスを語る上で重要な箇所だと考えられていたのでしょう。因みに四つの福音書すべてに記されている記事を参考までに紹介します。バプテスマのヨハネがイエスの到来を預言したこと。弟子の選び。5000人の供食。神殿で商人を追い出す。ペテロの裏切り。逮捕される。ピラトの尋問。十字架につけられる。死。墓に葬られる。復活。そして今日のエルサレム入城です。


 さて、今日の箇所、四つを比較しますと様々な違いがあります。わたしは、その違いの中でも重要な違いが二つあると思いました。一つは、イエスのこの行動が、旧約のゼカリヤの預言の成就だったのか否か。二つ目は、ベタニア村の記述が記されているかどうかということです。

 マルコ福音書では、ゼカリヤの預言は記されていません。一方マタイとヨハネは、ゼカリヤの預言の成就と記しています。また、ベタニアについてはマルコとルカにしかありません。ヨハネは地名を一切削っています。マタイではベトファゲはありますがベタニアはないのです。マタイは、ベタニアを意図的に削除していることがわかります。細かいことのようですが、この細かいことがこの箇所を解釈する上で重要なことだと思います。

 何度も述べていますが、福音書の中で、一番最初に書かれたのはマルコによる福音書です。そこでは、ゼカリヤの預言はないわけです。つまりマルコにとって、ゼカリヤの預言は必要ないのです。しかし、マルコ福音書を参考にしたマタイは、ゼカリヤの預言を挿入したのです。マタイはマタイなりに、イエスの行動の意味を明らかにしたかったわけです。で、ヨハネ福音書の記者がこれを受け継ぎます。

 これまで教会は、マタイの理解を受け継いできました。マルコを読むときにも、ゼカリヤの預言を前提として読んできました。しかしわたしは、あくまでもゼカリヤの預言でもなく、マタイやヨハネが削ったベタニア村を記すマルコの意図を探りたいと思うのです。なぜならそこにこの福音書記者のイエス観、メシア観が示されていると思うからです。

 その前に、問題のゼカリヤの預言について触れておきます。ゼカリヤ書9章に次のような言葉があります。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」シオンの娘とは、エルサレムを指しています。エルサレムにやがて子ろばに乗って王様が来る。その王様は柔和な方だというのです。荷を負うというのは、人々の重荷を負うということです。

 マタイはイエスのエルサレム入城に際して、この預言を思い浮かべたわけです。なぜか。それは、イエスを思えば、まさにその姿にピッタリだったからです。柔和であり、他者の重荷を負うということです。ここはエルサレムです。ユダヤの権力の中心地です。暴力で人々を支配していたエルサレムです。そこへイエスが子ろばに乗って乗り込んだ。ユダヤ教が待ち望んだメシアとは違う。キリスト教のメシアとしての意味がここにあるということです。

 でもわたしは、ゼカリヤの預言を使わないマルコが気になるのです。ゼカリヤの預言を用いないということは、イエスのエルサレム入りは、そんな意味ではないというマルコの主張だと思うのです。で、そのことは、ベタニア村の存在と関連があると思ったのです。

 ベタニア村は、エルサレムから約3キロ離れた村だったそうです。ここは、イエスと親しかったマルタ、マリア、ラザロの兄弟がいたところです。死んだラザロを蘇生したところです。また、香油をイエスに注ぐ女性がこの後出てきますが、その出来事もこのベタニアです。またハンセン病患者のシモンもこの後登場しますが、それもベタニアです。

 ベタニアはイエスとの関わりが深いところです。イエスはここに足繁く通ったといわれています。因みに調べると面白いことがわかりました。ベタニアという地名の意味です。それは「悩む者の家」「貧困の家」ということです。こんな否定的というか屈辱的な意味の名前を、自分たちの村の名前とするでしょうか?

 例えば、ベツレヘムは「パンの家」、ベトファゲは「いちじくの家」、ベトサイダは「漁師の家」という意味です。それぞれの良い特徴を町や村の名前とする。それが自然です。そう思うと、たぶんベタニアは外部から、蔑みの意味で付けられた町の名前だったのではないでしょうか。一説では、ハンセン病の隔離所があったということです。

 そう思うと、ベタニアにいた子ろばということ自体に何か意味があるように思いました。それと、そもそもなぜ「子ろば」なのかということも不可解です。しかも、まだ誰も乗ったことがない子ろばとあるのです。さらにいえば、その子ろばを、ほどいて連れてきなさいとあるのです。細かい描写です。「誰も乗ったことのない」とか「ほどく」などは特になくてもいい記述です。

 これはあくまでもわたしの解釈ですから、実際はそうではないかも知れませんが、子ろばに乗るのはあり得ないと思うのです。大人のろばなら問題ないと思います。しかし、子ろばなのです。4~5歳の子どもなら乗れたでしょうが、少なくとも大人は乗れないと思うのです。大人が乗れば子ろばが潰れると思うのです。ですからここは、イエスがエルサレムへやって来た。そこにはこんな意味があったのだという、マルコの示しがあったのではないでしょうか。

 わたしはここまで読んできて、この箇所について、二つの伝承があったのではないかと思いました。一つは、マタイやヨハネが採用した伝承です。それは、イエスこそ、ユダヤ教とは違う真のメシアということです。それは、わたしたちの重荷を負ってくださるメシアです。まさにキリスト教の本流を行くメシア観です。これもとても意義ある解釈です。

 でも、この福音書記者マルコは、ゼカリヤの預言も記しません。マタイやヨハネが削ったベタニア村を記します。重要なのはそこなのです。ゼカリヤ書の預言である「子ろばに乗っての」メシア。これはあり得ない事です。子ろばが潰れるからです。ならば、子ろばは何を意味しているのか。それは、ベタニア村にいたハンセン病の人たちではないでしょうか。当時では絶対に救われない人たちです。自分の人生を呪うしかない人たちです。そんな彼らに、イエスは乗るのです。さらに苦しめるわけです。潰れるのです。でも、そのことを、マルコは示そうとしたのではないでしょうか。


 つまり、理不尽に小さくされ、弱くされ、差別された者たちに乗っかって潰している。あなたがたはこんなことをしているのだ。そのことをイエスは痛みとしていた。そのイエスの思いを、マルコは「子ろばに乗って入城する」という物語を用いて示したのではないでしょうか。

 そもそもこの箇所の基となった出来事は、イエスの一行が、ベタニアに足繁く通ったことにあると思います。そこには、ハンセン病として隔離され、救いが閉ざされた人々に対するイエスの愛情の出来事があったと思うのです。まさにそれは、苦しみや悲しみの共有です。そしてそんな苦しみや悲しみを「ほどく」、つまり解放する。それがイエスの思いだったのではないでしょうか。しかし、教会が成立する過程で、イエスの救い主という側面がどんどん大きくなっていったのです。イエスは苦しみや悲しみの共有者というよりも、人類すべてを救うという信仰が確立されたのです。それはそれで意義があります。

 しかし、そんな中で、マルコは、イエスは苦しみを共有することで、悲しみを共有することで、わたしたちを励まし、慰める方なんだ。その結果として、無残に殺されたのだ。でも、このイエスこそ、ほんとうの救い主の姿なのだ。それを伝えたかったのではないでしょうか。わたしはこの度、そう読んだのです。



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by buku1054 | 2015-06-14 18:07 | 礼拝メッセージ | Comments(0)
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