2015年5月3日坂下教会礼拝メッセージ

2015年5/3礼拝説教「苦しみの先に」マルコ10;32~34

 今日の箇所はイエスが自らの受難を予告したところです。しかも今回は三度目です。最初が8章、二回目が9章にあります。共通することは、殺されて復活するということです。しかし今回は、前回の二つのものよりも描写がより詳しくなっています。まるで自らが実際に体験したかのように語るのです。普通に考えれば、これほど自分の未来を詳細に予測することは難しいと思います。

 このことからここは「事後預言」ではないかとも解釈されます。つまり、後の世になって、イエスの受難の詳細を知っているこの福音書記者が、イエスがさもほんとうに受難を予告したように記したということです。したがってこれはイエスの言葉とはいえない。この福音書記者が創作したのだ。ゆえに意味がない。そう解釈される人もいます。

 でもそれでは、これ以上話すことが無くなってしまいます。私は、ここが事後預言なのか、そうでないのかというよりも、そもそもなぜ、受難予告という記事が三回もあるのだろうかということが大切ではないかと思います。この福音書記者は、イエスを理解する上で、あるいは、ここに福音の本質がある。そういうことから、この福音書記者は三度も記したのではないだろうかと思うのです。

 では、本文をたどってみたいと思います。「一行がエルサレムへ上っていく途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた」。この部分、原文により忠実に訳されている岩波書店の聖書ではこうなっていました。「さて、彼らはエルサレムに上る途上にあった。そしてイエスは彼らの先頭に立って進んでいた。そこで彼らはのべつ肝をつぶし、従う者たちは絶えず恐れていた」。どうでしょうかこちらの訳の方が、よりリアルさが伝わってきます。

 弟子たちは先頭に立って歩まれるイエスを見て、のべつハラハラ、ドキドキし、従う者たち、これはイエスの支持者たちでしょうが、絶えず恐れていたというのです。何というか、ここにはそれまでのイエスとは違うものを感じるのです。悲壮感漂うというか、ある覚悟をもって突き進むというか、鬼気迫るというか、ものすごいパッションを全身から発しているイエスという感じがするのです。

 それまでの経緯から、イエスの身に危険が迫っていることは、弟子たちも支持者たちも感じてはいたはずです。だから、ユダヤ当局の本拠地、ユダヤ教の総本山であるエルサレムへ行くなど止めた方がいい。イエスについてきた者たちはそう思っていたはずです。しかし、もはやイエスを止めることはできない。最初の受難予告の際、イエスを諫めたペテロでさえ、もうイエスを押さえることができない。そんな印象を受けます。

 私はここでイエスが先頭に立って進んだというのは、単純に事実としての位置を描写したのではなく、心理的というか心情的というか、そういうものを示しているのではないかと思いました。つまり、イエスはこのとき、弟子や支持者たちと生き様がかけ離れてしまった。遙か彼方まで進んでしまった、その違いというか、イエスの凄さが、イエスが先頭に立って進んで行かれたという言葉に込められているのではないか。そう感じるのです。


 さて、話は変わりますが、数年前に放映されたNHKの大河ドラマ「龍馬伝」を観て以来、私はすっかり幕末好きになりまして、幕末に関する本を読み漁っています。ちなみに私が好きな幕末の偉人は、坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛です。最近は西郷のものを読み込んでいます。

 西郷隆盛、その名前は誰もが知っているところですが、歴史に興味がなければどんな人だったかは案外知られていないと思います。西郷は、あの内村鑑三がその著書「代表的日本人」の中に記した人物の一人です。内村は日本の歴史上、もっとも尊敬すべき偉大な人物の一人として西郷をあげています。

 ご存じの方もいると思いますが、西郷の座右の銘は「敬天愛人」です。天を敬い、自分を愛するように人を愛せよです。イエスの言葉とほとんど一緒です。事実西郷は、聖書を読み込んでいて、周囲にも勧めていたといいますから、聖書に影響を受けていたことはたしかでしょう。因みに、江戸時代はキリスト教が禁止されていました。明治5年になってその禁止令が解かれたのですが、それを為したのが西郷なのです。ともかく西郷は、この敬天愛人を実行していた人であったといえると思います。幾つものエピソードがありますが、時間がありませんから一つだけ紹介したいと思います。

 明治になり、新政府はものすごいスピードで新たな国家体制を築いて行きます。その中で大きな問題がありました。それはかつての武士たちの処遇問題です。明治になって武士たちはそれまで持っていた様々な特権を剥奪されました。そういう不満は各地で新政府への反乱という形で起こりました。佐賀、山口の萩、福岡の秋月など。実はこれには、新政府が挑発してわざと反乱を起こさせて、政府の正当性を担保にして叩くという意図があったのです。

 西郷のいる薩摩でも不満が燻っていました。このとき西郷は、政府の大臣の座を降り、故郷鹿児島に引き上げて農作業や後進の指導に当たっていました。政府にとって、西郷の存在は大きいものでした。またたいへん人望も篤かったので、西郷の支持者は薩摩だけではなく全国各地にいました。もし西郷の元に不満武士たちが結集すれば、政府としては苦戦を知られるかも知れないと考えていました。そこで政府は西郷を挑発して、早い段階で叩いてしまおうとするのです。

 しかし西郷はそんな挑発には乗りません。ところが西郷の弟子たちが挑発に乗って暴力行為に走るのです。西郷はその知らせ聞いて、開口一番「しまった!」と言ったそうです。政府は謀反者の差し出しを要求します。それは彼らの死刑を意味します。西郷は悩んだ末、政府の要求には応えず、政府と戦う決意をします。これが日本最後の内戦といわれる「西南戦争」です。


 決戦を決意したそのとき、弟子たちに対して西郷はこう述べたそうです。「私の命をあなた方に与える」。結果、政府の圧倒的な勝利。西郷は、故郷鹿児島の城山で腹と太ももに銃弾を受け、「もうここらへんでよか」と述べて弟子の一人に介錯を頼み自決しました。

 実は、政府側で西郷を挑発したのは、かつての盟友、幼なじみの大久保利通です。私は西南戦争をこう解釈します。当時、国の実権を握っていた大久保の思いからすれば、早く国家としての体制を確立しなくてはなりません。富国強兵、殖産興業です。そうでないと欧米列強諸国の餌食になるからです。

 その思いは西郷も同じです。まだそれが実現していない今の段階で、大きな内乱に発展したら、幕末が直面していた問題と同じく、すなわち欧米列強諸国が介入して、日本が植民地にされてしまうという懸念があります。もしもそうなっていたなら今の日本はありません。アジア、アフリカ諸国のような独裁者の支配と貧しい民衆といった状態になっていたはずです。内戦などしている場合ではないわけです。

 しかし一般の武士たちの不満はある。でも、力のある薩摩の武士たちさえ押さえれば何とかなると政府は確信していた。だから大久保は、故郷である薩摩を、西郷を潰そうとした。大久保はきっと辛かったはずです。故郷と盟友を葬るからです。西郷は、大久保の思いも、弟子たちの不満もわかっていた。全国的な内乱に発展する前にここで戦って終われば、国は安定体制となり、欧米列強の脅威からも逃れられる。西郷はそこまで読んだ上で政府と戦うことを決意したと思うのです。つまり、自分はこの戦いで命を落とすだろう。しかし、そのことで、この国が保たれる。「私の命をあなた方に与える」。この西郷の言葉は、目の前の弟子たちだけではなく、自分を潰そうとする盟友大久保利通にも、そして日本国民すべてをも含んでいたのではないか。私はそう思うのです。


 本文に戻ります。イエスは弟子たちを集めます。そして述べるのです。「今、私たちはエルサレムに上っていく。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する」。

 弟子たちにとって、また、イエスの支持者たちにとって、こんな言葉は聞かされたくはありません。栄光を夢見て何もかも棄ててついてきた弟子たちです。やっと自分を救ってくれる方と出会ったのにと信じてついてきた支持者たちです。殺されるなんてあんまりだ。彼らは皆、悲しみ、希望も消えそうな心境にあったのではないでしょうか。

 しかし、受難予告といわれますが、内容としては、厳密に言えば、単なる受難予告とはいえないと思います。書かれているのは、受難だけではありません。復活するということも記されているからです。岩波の聖書では、「復活する」が原文通りの意味で「彼は起き上がらされるだろう」となっています。つまり、神はイエスを見捨てないということです。

 イエスは、自分が殺される運命にあることはわかっていたはずです。イエスにとってそれは恐いことであったに違いない。ゲッセマネの園での祈り、「死にたくない」がそれを証明しています。しかし自分が命を落とすことで、新たな何かがはじまるのではないか。神はきっとそうしてくださるに違いない。そう信じていたのではないでしょうか。だから復活するのだ。起き上がらされるのだという言葉が添えられたのではないでしょうか。

 私は、西郷隆盛とイエスとが重なるのです。西郷の言葉、「私の命をあなた方に与える」。これはイエスの言葉でもあったのではないかと思うのです。悲嘆に暮れる弟子や支持者たちに、私の命をあなた方に与える。この命は、必ずあなたがたの中で再び芽を出し生き始める。そしてあなたがたは希望を抱きながら人生をはじめるようになると。


 事実、イエスの死をもって何もかも終わりになったのではなかったのです。弟子たちは再起し、教会という形でイエスの志を受け継いでいくのです。そのときから2000年、教会は今もあります。確かにヨーロッパや日本では、教会は衰退しています。けれども世界規模で観れば、まだまだ教会は盤石です。

 なぜなら、教会にはイエスの命が与えられているからです。どんな不条理や悪にも勇気を持って立ち向かい、常に弱い者に寄り添い続けたあのイエスの命が、教会に、そしてそこに連なる私たちの魂に生きているからです。この命が受け継がれているゆえに、この世から教会が無くなることは絶対にない。私はそう確信しています。

 わたしたちは、伝道が振るわないこの日本で、しかもさらに悲観的にならざるを得ないこの農村で、教会を支えています。ときに、もうだめだ。そんな思いになることもあります。しかし、私たちには、イエスの命が与えられている。そのことを信じ、希望を棄てず、 できることを地道に為して行く。そうありたいと思うのです。それが、私たちのために命を与えて下さったイエスに応えることではないでしょうか。


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by buku1054 | 2015-05-03 18:51 | 礼拝メッセージ | Comments(0)
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